スターフライヤーのホームグラウンド、北九州の観光、産業をご紹介します。
文化・自然・食…観光資源に恵まれた北九州

九州地方福岡県の北部に位置する北九州市。大正3年にヨーロッパの駅をモデルに建てられた門司港駅など歴史的な建造物が建ち並ぶ門司、日本有数のカルスト台地として知られる平尾台を有する小倉など、古くから育まれてきた文化と自然溢れる7つの区からなります。 これら観光地をはじめ、下関のふぐ、豊前海で獲れる豊前海一粒かきなど、食文化にも恵まれた北九州には、かねてから多くの観光客が訪れていましたが平成 18年3月、新空港・北九州空港が開港。同年7月には九州初の24時間運用の空港として話題を呼び、平成19年1月には北九州空港旅客ターミナルビルの入館者数が200万人を突破するなど、より一層の活気に溢れています。
北九州発展の歴史を見て、触れて、確かめられる産業観光
北九州市は日本の近代製鉄発祥の地。明治34年の官営八幡製鐵所操業以来、日本の近代化に大きな影響を与えました。そして現在、北九州には最先端の技術が結集し、従来の素材型産業から付加価値の高い加工型産業へ変革、さらなる発展を遂げています。
世界への扉は、門司港で開かれた
筑豊の石炭輸送を目的に、明治22年、門司港は石炭他5品目の国の特別輸出港に指定されます。明治24年には九州鉄道(国鉄の前進)も開通。以来、門司港の将来性に目をつけた資本により、街には近代的な煉瓦造りの商社や銀行が軒を連ね、明治31年には九州で初となる日本銀行の支店も設けられました。モータリゼーションの波やエネルギー革命など、時代の変化とともに陸海交通の要塞としてのメリットは衰退していきましたが、ネオ・ルネッサンス様式で造られた JR門司港駅など、往時の栄華を偲ばせる建造物は現存し、「門司港レトロ」の観光資源として多くの人々の目を楽しませています。
現在のJR門司港駅。「門」をイメージした端正な造型に加え、大理石にタイル張りの洗面所など駅舎内の見どころも多い。
日本初の近代製鐵所発足

八幡製鐵所東田第一高炉跡。炉頂に掲げられる「1901」は火入れが行われた1901年(明治34年)を示す。
鉄道の隆盛とともに、国内の諸工業も発展。それまで輸入に頼っていた鉄鋼も、このままではいつまでたっても外国に追いつかないと、日露戦争を前に明治政府は官営製鐵所の建設を決断、輸送・原料・水利・国防の観点から、北九州の八幡村に建設が決定。こうして、官営八幡製鐵所(現在の新日本製鐵八幡製鐵所)は明治34年、わが国初の鐵鋼一貫生産を行う工場として東田第一号溶鉱炉に火入れが行われました。これは、20世紀の幕開けとともに日本の産業史が重化学工業時代へ突入する象徴的なでき事であり、北九州の工業発展の源となりました。
公害を経験し見出したエコ事業推進への道
工業の発展による経済成長とは裏腹に厳しい公害に悩まされていた北九州地区。しかし、旧5市が合併し昭和38年「北九州市」が誕生、政令指定都市となったことに伴い、20年の歳月と8000億円もの巨費を費やし公害を克服、昭和50年代に入ると公害はすっかり影をひそめます。代わりに襲ってきたのは産業構造の変化による"鉄冷え"。そこで、次世代を担う産業の模索を始め、見出したのが"モノづくり"の街としての産業基盤・技術力、そして公害克服の過程で培った人材・技術・産学官のネットワーク等を生かした、環境・リサイクル産業の振興を推進する"北九州エコタウン事業"。現在、市内全域で家電・自動車ほか数多くのリサイクル事業、OA機器等のリユース事業、風力発電事業など23の事業が展開されています。
開港、工業都市としての発展、公害と戦い、勝ち取ったエコへの道と、激動の歴史を歩んできた北九州。市の産業を代表する企業では、 "産業観光"を推進。これら産業の実態を目で見て、確かめられる、いわば「大人の社会化見学」です。みなさんも北九州へお越しの際は、ぜひ産業観光を体験してみてください。

皿倉山からの夜景
皿倉山の自然(皇后杉)
皿倉山は市街地や工業地帯のすぐそばにあると思えないほど豊かな自然に恵まれている。山頂からは新日本三大夜景に選ばれた「100億ドルの夜景」が楽しめる。
北九州観光の際はぜひご覧ください!
| 北九州市内の観光名所を紹介する新北九州空港のWEBサイトです。 | |
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| 異国情緒あふれる門司港レトロ地区について紹介するサイトです。 | |
| 門司港や下関など関門海峡周辺の観光情報サイトです。 | |
| 北九州市が紹介する観光モデルコースです。 |









